2009年11月10日

昨日の笑いは今日の糧

昨日、早々と来年の年賀状が届いた。
お年玉付きの年賀ハガキで、だ。
えらく早い年賀状だなと裏面を見ていると、
これが不可解な内容のものだった。

二色刷で印刷した文章で、
タイトルは何と
「訴訟事前通知書」だ。
あるNPO法人から届いたものだが、
…あなたは訴えられています。
…この通知を無視していると裁判所から特別速達が届くので、
…特別速達が届いたら指示に従い、
…出廷及び裁判所に御一報をお願い致します。
…出廷を拒否すると、大変なことになりますよ。
といった意味のことが、
へたくそな文章で書いてある。
ここまでが黒字で、
これだけだと、
わざわざ教えてくれてありがとう、
ということになる。

以下が赤字で、
…個人情報を悪用した詐欺被害が多発しているので、
…心当たりがない場合でも、
…当センターまで必ず御一報をお願い致します。
といった意味のことが、
相変わらずへたくそな文章で書いてある。
そこにに連絡したら、どんなメリットがあるのだろう。
そんなことは一切書かれてない。

全体に文章がへたくそで、
さらにその文章がまとまりを持ってないので、
何を言いたいのかがさっぱりわからない。
だいたいそのNPO法人は、
裁判所とどういう関係にあるのだろう。
そういったことが、
はっきりとわかる内容に書き直して、
もう一度当方まで御一報をお願い致します。
その上で当方はしかるべき所に、
必ず御一報致します。
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2009年11月09日

居眠りパズル

居眠りしながらパズルをしてると
指と指の間から
ボールペンがポトリと落ちる。
ポトリ、ポトリと床に落ちる。
ポトリ、ポトリと足にも落ちる。
一回、二回、いや何回も…。
もういいや、
やめてしまおう。
これ以上粘っても
もう思考は働かない。
だから答も出てこない。
そんなことよりも
ボールペンがだめになるんじゃないか、
そちらのほうが心配だ。
今、ボールペンが砕け散る、
そんな夢を見た。
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2009年11月08日

書くことがいっぱい

一昨日、書くことがないなんて
書いてしまったもんだから、
本当に書くことがなくなってしまった。
そうだった、
心に描いたことが現実になるように、
紙などに書いたことも現実になるんだった。
半纏を羽織っているなんて書くから
今夜のようなに暑い夜にも半纏を着ていたり、
歯が痛いなんて書くから、
一度治った歯痛がまたぶり返してしまったり…。
そういうことを何度も体験してきているのに
つい忘れてしまって、
本当に余計なことを書いたものだ。
こりゃいかん、
ということで、今日のタイトルを
「書くことがいっぱい」にした。
これでまた書けるだろう。
ついでに、
半纏着るほど寒くない。
歯痛は嘘のように治ってしまった。
…これでいい。
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2009年11月07日

冬入り前の風物詩

昨日は特に変わったことはなかった。
就寝時にちょっと
歯茎にだるさを感じただけだ。
もちろん気にせずに目を閉じた。
異変が起きたのは朝食時だ。
トーストを噛んだとたん
歯に痛みが走った。
ピリピリとした虫歯の
鋭い痛みではなくて、
ドクドクと鈍い痛みが脈打って
歯茎の奥に響くのだ。

この痛み、
毎年この時期に襲ってくる。
四年前、
その頃あった虫歯を全部治療した。
それで痛みは終わったと思っていた。
だけどその後も
冬入り前のこの時期になると
相も変わらずドクドクと
鈍い痛みが脈打って
歯茎の奥に響くのだ。
ということで、
この歯の痛みがぼくの中での、
冬入り前の風物詩になってしまった。

痛みはまったく気にならない。
いつものことだから、
気がつけば治っているはずだ。
悩んでいるのはその後のことで、
そこから辛い冬が始まるわけだ。
痛みの後に来るのが寒い季節というのが
とてつもなく嫌なのだ。
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2009年11月06日

はい、出来上がり

「毎日毎日よく書くことがありますね」
なんて言われることがある。
いや、書くことがあるから
書いているのではなく、
書くことがない嘆きを
書いているだけなんです。
つまりこういうことなんです。
「ああ、今日も書くことがないな」
って思うことを、
「ああ、今日も書くことがない」
って書いているだけなんです。
とはいえ毎日、
「ああ、今日も書くことがない」
なんて書くと面白くないので、
それを違った表現に置き換えて、
あとはそれに飾りを付けて、
「はい、出来上がり」
ってわけなんです。

ああ、書くことがない…。
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2009年11月05日

せっつかんで下さい

頭が空っぽの時に、
無理に何か考えようとするのは
よくないことだ。
無理に何か考えようとすると
ついついロクでもない方向に
思考が向かっていくものだ。
そうなると現実が面白くなくなって、
五感に触れるものすべてが嫌になって、
当然人とのふれあいも嫌になって、
最後には人生がつまらなくなってくる。
だから頭が空っぽの時は、
無理に何か考えようとはせずに
空っぽのままでいることが
大切なんですよ。
…だから、そんなに
せっつかんで下さいな。
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2009年11月04日

半纏を羽織っている

二、三日前から半纏を羽織っている。
そう、寒いんですよ。
それまでの気温がずっと二十度超えだったから、
ここ数日の寒さはかなり身に応える。
そのため昨夜はストーブに火を入れようと
灯油を入れて準備をしていた。
しかし結局は火を入れることをしなかった。
一度火を体験してしまうと、
その日から癖になってしまうからだ。
いったん癖になってしまうと
ぼくら寒がり夫婦はもうだめで、
いくら暖かい日があったとしても
その隙間に寒さを見つけては、
ついつい火を入れてしまうのだ。
週末はまた暑くなると言っていた。
今日火を入れるということは、
その日も火を入れるということになるから、
初ストーブは次の寒波が来るまで
お預けにしておいて、今回は
半纏だけで過ごすことにしたわけだ。
現在午前五時、かなり寒い。
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2009年11月03日

見えてしまう

たとえば本を読んでいる時、
その中に書いてあるたったひとつの言葉で
その本の内容がすべて見えてしまうことがある。
以降ぼくはその本を読むことをしなくなる。
あとは手を替え品を替え、
そのことの説明に始終しているだけだから、
もうページを開く必要がなくなるわけだ。

人に関しても同じことがいえる。
ちょっとした言動の端々に、
その人のすべてが見えてしまうことがある。
以降どんなことがあろうとも、
その人の中に立ち入ることをしなくなる。
その後の言動はすべて説明になるわけだから、
もうその人のページを開く必要がなくなるわけだ。

若い頃にはその能力の使い道がわからず
勝手に距離を置いてしまったりして、
人付き合いに支障をきたしたこともある。
若い頃ぼくは「世渡り下手」と言われていたが、
きっと見えてしまうことに原因があったのだろう。

今はどうかというと、
その能力を利用して
その人の言動の先読みをするような、
意地の悪いことをやって楽しんでいる。
そのため今は「意地の悪い人」と言われている。
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2009年11月02日

ふとしたきっかけ

ふとしたきっかけで
生い立ちを語るようになり、
ふとしたきっかけで
夢を語るようになる。
ふとしたきっかけで
悩みを打ち明けるようになり、
ふとしたきっかけで
喜びを分かち合うようになる。

ふとしたきっかけで
好みの女なんかを語りあい、
ふとしたきっかけで
嫌いな上司のまねをして飲み明かす。
ふとしたきっかけで
そのだらしない体型を馬鹿にしあい、
ふとしたきっかけで
病気自慢するようになる。

ふとしたきっかけで
結ばれる関係となり、
ふとしたきっかけで
別れる運命をたどる。
ふとしたきっかけで
この世に生を受け、
ふとしたきっかけで
この世を去っていく。

ふとしたきっかけが
運命なのだとしたら、
ふとしたきっかけは
避けられないのかもしれぬ。
ふとしたきっかけで
避けられるものなら、
ふとしたきっかけを
信じられる自分でいよう。

ふとしたきっかけで
明日を失うとするなら、
ふとしたきっかけの
今日を笑って過ごそう。
ふとしたきっかけで
今日を失うとするなら、
ふとしたきっかけの
昨日までを捨ててしまおう。
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2009年11月01日

歌謡曲の仕返し

二十歳を過ぎた頃、
よくブルースを聴いていた。
誰の曲というのではなく、
手に入る音源すべてに耳を傾けた。
レコードのあのプチプチという
ノイズの合間から漏れてくる
音の流れが心地よく、
心をそこに遊ばせていれば
幸せな気持ちになったもんだ。
他の音楽なんかどうでもよくて、
歌謡曲などはほとんどなめていた。

あれから三十年以上経つのだが、
今でもブルースを聴いているのか
というと、そうではなくて、
なぜか二十歳の頃になめていた
当時の歌謡曲を聴いている。
心をそこに遊ばせていれば
幸せな気持ちになれるんだ。
ただ、ほどほどにしておかないと、
実らなかった恋だとか、
叶わなかった夢だとか、
けっこう辛い過去がよみがえってくる。
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